Someday never comes
躁うつ病患者のプッツンブログ
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国際的人身売買と児童ポルノ
米国が人身売買報告書、中東の親米含む7国が制裁検討対象, 6月13日12時13分配信 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070613-00000103-yom-int
 【ワシントン=坂元隆】米国務省は12日、世界の人身売買に関する2007年の年次報告書を発表した。報告書は世界164か国を人身売買の摘発や防止の度合いにより4段階に格付けしており、今回は、クウェートやバーレーンなど中東の親米国を含む7か国が米政府の制裁検討対象となる最低の「第3分類」に新たに位置づけられた。
 中国や東南アジアの女性による売春が問題視される日本は、上から2番目の「第2分類」のままだった
 「第3分類」に位置づけられたのは全部で16か国で、北朝鮮やミャンマー、イラン、サウジアラビアなどが昨年に引き続き入った。インドや中国、ロシアなどは、その手前の「第2分類監視リスト」に入れられている。
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この日本に関する記述は不十分で中南米の最貧困層からの事実上の人身売買が行われているのは公然の秘密である。

追加
 読売は人身売買しか扱っていなかったが毎日は最大の日本の問題の児童ポルノに言及
<米国>日本は「児童ポルノ所持禁止を」 6月13日18時18分配信 毎日新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070613-00000067-mai-int
 米国務省が12日発表した「人身売買に関する年次報告書」に関し、米政府筋は13日、日本政府への7項目の提言で、児童ポルノ画像所持を禁止する法改正を求めたことを明らかにした。米国の人身売買年次報告書が日本の児童ポルノに言及したのは今回が初めて。
 提言では(1)売春や強制労働を行っている疑いがある業者や事業所への取り締まり強化(2)「外国人研修・技能実習制度」で強制労働とみなされる事例への調査実行(3)児童買春ツアーの取り締まり――などに加え「法律(児童買春・児童ポルノ禁止法)を改正し、児童ポルノの保有を犯罪とすること」が盛り込まれた。
 政府筋は「児童ポルノ映像の中には暴力的な性搾取の内容も含まれている。これらは人身売買の中でも最悪のたぐいの犯罪だ。日本の国会で法改正が審議されていると聞くが、改正案の成立を期待したい」と語った。【山科武司】
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売春目的の人身売買と児童ポルノ放置は先進国として世界に誇れる日本の恥である。

以前赤ちゃんポストに関連して、日本人の性意識の閉鎖性について世界的統計を元に書いた。
http://mondayota.blog76.fc2.com/blog-entry-339.html
こんな上っ面の礼儀正しさと隠れた部分での下品さの、いわば本音と建前のひどさは国際的に有名になってしまった。
日本の男は性的に未成熟でセックスを差別的にしか行えないのはかなり確実である。これは女性も共犯者でやはり性的に未熟であり、隠しておきたい何かとするのである。これが何に似ているかと言うとドメスティック・バイオレンスの構造そっくりなのである。
別にきれいごとは書かないがその性的未熟さのはけ口が外国人女性や児童に向けられる結果になっていることには、お上品な日本の紳士淑女全員に責任がある。
もちろん所詮支配階級の倫理でしかない儒教を民衆に押しつけた戦前の体制がこのような性の閉鎖性を普遍化したのは疑いのないところである。しかしその時代は売春が合法だったのである
そのような性道徳が、戦後民主主義の下で変化を起こさなかったのが驚きである。おそらく一般民衆も自分が支配階級の何かと勘違いした結果であろう。
過剰な労働と、少ないセックス回数と、外国女性や児童の搾取はおそらく相関関係がある。まあ誰も調べないだろうけど。だってそんなお下品なことを公に研究する倫理が日本には欠如しているのだから。
まあアメリカにこんなに私的なことを指摘されたのは大変恥ずかしい。恥の文化であるにもかかわらず。そうか、人身売買も児童ポルノも罪ではなくて恥だとおもって隠していればいいと思っているんだな、この美しい国の民族は。
サドン・フィクション「ホワッツ・ゴーイン・オン」掲載しました
「ザ・ベスト・アルバム」にサドン・フィクション「ホワッツ・ゴーイン・オン」を掲載しました。
http://mondayota.at.webry.info/

ダルフールのお話です。
今夜の只野ニッキー
今日は続報ふたつがヘビーな内容になってちょっといっぱいいっぱいになってしまった。パプア・ニューギニアの件にしてもスーダンの件にしても半分の書いてないのにものすごく長くなってしまった。スーダンの件はこれから続報が続きそうである。スーダンの件と書くのは、テーマとして扱ってないのに検索されるのを防ぐためである。別にタブー化しようとしてはいない。
ちょっと明日からYahoo!USAを毎日のぞこうと思う。日本のニュース報道が時間的にずれがみられるためだ。ずっと前ブラジル大領戦で左派(現政権)の勝利がかかったとき、日本でまったく報道がないので全部英語ニュースで情報を集めたことがある。どこまでやるかわからないし、ただ読むだけかもしれないが、ニュースソースの混乱を避けるためそうしたい。
まああんまり体調に負担がかからない範囲でしかできないのだが。
そういうわけでスーダンでは200万人の難民がおり、パプアニューギニアではエイズで赤ちゃんが死ぬ。
しかし涙より情報が少なすぎると僕は信じるのだ。
ダルフール紛争:スーダンへアメリカ追加制裁、安保理決議採択を目指す
米、スーダンに追加制裁 安保理決議採択目指す(朝日新聞)
http://www.asahi.com/international/update/0530/TKY200705300299.html

元のアメリカの制裁決定と、それへの日本の支持表明が時間的に入れ替わってしまった。これはYahoo!ニュースに依存しすぎたせいである。すまん。

ダルフール紛争への経済制裁は2004年英米欧州で検討されそれを警告する決議が安保理で採択された。アメリカは上下両院でダルフール紛争をジェノサイドと決議したが、まだこの時点では「ジェノサイド」であるという認識は必ずしも共有されていなかった。またイラク戦争の最中にあって、アメリカの介入はスーダンのイラク化という見方もされた(スーダン政府はイスラム系)。2005年国連総長によりスーダン政府の「人道に対する罪」と認定された(ジェノサイドとまでは踏み込まなかった)。

今年4月に欧米のNPOによる抗議活動が行われ、米議員やスピルバーグ監督などがスーダン政府を支援する中国に対し北京オリンピックをボイコットする運動をする旨の書簡を送付したことをきっかけに停滞していたダルフール紛争問題に再び関心が高まり、今回のブッシュ大統領による経済制裁の発動、および警告のまま停止している安保理決議採択への要請へと動いた。すでに

ダルフール紛争というよりそれに伴う人種浄化に近い虐殺は2003年から始まっているが、欧米・イスラム・中国という国際勢力が交錯していて政治的解決が暗礁に乗り上げているというのが現状のようである。

今回国連の潘基文事務総長は猶予をと求めているが、アメリカとイギリスは協議に入っており、フランスもスーダン政府の対応を注視するとしている。

まるでイラク戦争開戦前夜の様相であるが、今回はスーダン政府の責任は明確で死者だけでなく大量の難民(200万人)が発生しており、国連事務総長の「猶予」は難民にとっては何の猶予か意味がわからない状態である。政治的対立が決定的になる前に国連が行動すべきであった。
涙の歴史
佐々木恭子アナウンサーのパプア・ニューギニアAIDSレポートの概要は次のとおりです。
http://wwwz.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2007/07-141.html
POD放送は次のとおり
http://fujitv.cocolog-nifty.com/friday/

なんか女性は、というか9時過ぎの時間帯だから主婦層が多いのだろうけれど、みんなさん「泣いた」「泣いた」「泣いた」とブログでお書きになっていて昨日かなり冷たいこと書いた僕は何者?と少し思った。

海外の貧困や飢餓やAIDSの救済が広く問題になったのは、1985年のLIVE AIDの頃のエチオピアの飢餓からだった。
日本版Wikpadiaライブエイド
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%83%89
この頃ぼくは社会人に成り立てで正直まったく音楽にも社会問題にも関心がなかったのでライブ・エイド自体については知らない。フジテレビが中継を行ったそうだがそれどころではなかった。チャリティ・ソングである「ドゥー・ゼイ・ノー・クリスマス」(英)「ウィー・アー・ザ・ワールド」(米)がヒットしたのは知っている。
問題は、それ以前に大学でまあ社会学の一環でだが、世界の貧困について結構学んでいたことである。西川潤氏の著書やスーザン・ジョージ「なぜ世界の半分が飢えるのか―食糧危機の構造 」や、「世界システム論」などの本などを読んでしまっていたのである。
基本構造は変わらないと思うが、発展途上国で輸出用の作物に耕作地が特化することで農村の自給が困難になり崩壊し、都市周辺にスラムができるという形で、容易に経済システムに入ることのできない社会層が誕生してしまうというような形で飢餓が誕生するのである。これは貧しいのではなく国の経済システムが絶対的な貧困を生むということである。貧しいというのなら世界経済に飲み込まれる前の自給自足的な生活だって十分貧しいのだがそれとは違うのである。
そういう極端な状況で、飢饉やAIDSのような生物的悪条件が加わって、大量の餓死者や病気による死者が大量に発生していたのである。それは1985年より前に良く知られていたことでる。
さてこのとき日本で妙な論争が起こった。アグネスチャンとか曽野綾子も入っていたかと思うが、いったいそういうまず個人的には救済の手など出せるわけのない大規模な厄災に、個人的に「かわいそうですね」ですむのかどうか、みたいな論争である。
要するに日本人にはチャリティーの伝統がないため個人のコミットメントの問題に摩り替わってしまったというわけである。これは今日でも大衆の間ではいささかも変わっていない。
たとえば左翼になると慈善は体制の悪を隠すだけの偽善であるというような考え方も存在する。しばしば。
すでに書いたように、アフリカを主とする絶対的な貧困は、「国際的な体制」と結びついていて、それを短期間に根底から改善できると考えるのは稚拙である。
歯がゆいかもしれないが、事態はおそらくもっと進行していて国内の格差の拡大以上に国際的な格差の拡大で最貧困層は常に危機に陥っているとみてよいと思う。
Live8というLive Aidの焼き直しのチャリティーコンサートが2005年行われた。これもフジテレビが中継。
http://ja.wikipedia.org/wiki/LIVE_8
こういうチャリティに賛否はあるかもしれないが、何が問題であるかを知らせるという役目を果たすことの意義は最低限否定できない。
このチャリティー以前問題となっていたのは世界銀行や先進国の最貧国の救済の基本的な考え方であった融資による経済成長による貧困からの脱出といういかにも資本主義的なストーリーであった。しかしそのような融資は経済成長につながることはなく、まるで多重債務者と同じように国民の所得が国際的な利子の支払いに消えるという事態を招いていたのである。Live8の活動はまったく政治的なものでG8諸国に債務放棄を迫るという具体的なものだった。実際世界銀行も含めてその債務の帳消し等の国際経済政策は実行に移された。
しかしそれでも国際的な絶対的貧困はまだ存在し続けるのであり、地球温暖化対策をみんなで仲良く政府の音頭で叫び続けるのはそれは結構なことだが、最貧国の人々はただひたすら地球温暖化ガスを吸収し続ける存在だと感謝しなくてはいけないのである。
さて、佐々木アナウンサーの報道で涙が出ないのは、そのような最貧国の二十年以上改善されない状況がずっと存在し続けているのを知っているからで、単に男の子だからというわけではない。
チャリティーの意味は日本語にちゃんといい言葉がある。
「情けは人のためならず」(誤用に注意)
自分の記憶に自分の無力さを刻み付けることが最低限の意味であり、運がよければ実際に人助けにつながるかもしれない、という程度である。
ところでフジテレビおよび佐々木アナウンサーの業績は、欧米のチャリティーや救援活動がほぼ「黒人」に限られているという奇妙な現象に気付いてだと思うが、アジアや今回の大洋州に目を向けた点である。白人は何か負い目があってアフリカへの救援にむきになっている感じがぼくもする。
ダルフール紛争へのコミットメントの仕方も類似している。

そういうわけで涙にも歴史があるということを書きたかっただけです。ちょっと長くなりすぎた。またこんど。
ダルフール問題は人道問題だけでなく政治問題でもある
官房長官、米のスーダン制裁を支持 ダルフール紛争で(IZA)

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/diplomacy/54366/

塩崎官房長官がブッシュ政権の「ダルフール紛争」を理由としたスーダンへの経済制裁を指示するとした。

「わが国はダルフールの治安、人道状況に対する米国や国際社会の深い懸念を当然共有している。問題の解決に向けて、スーダン政府に対して国際社会は強く働きかける必要がある」

この間の北京オリンピック・ボイコット問題で取り合えたように、現在ダルフール紛争は、スーダン政府への中国の支援に非難が集中している。

現実的に日本が北京オリンピックをボイコットすることは考えにくいが、欧米の人権派は本気で運動しており、アメリカの制裁は多少なりともそれに呼応するものであろう。アメリカも北京オリンピックのボイコットはしない、という間接的メッセージになっていると思う。アメリカのスーダンへの経済制裁がどの程度のもかわからない。つまり中国のスーダン政府への支援に障害を与えるほどのものかどうかということである。
したがって中国がこのメッセージをどう読みダルフール紛争に関して欧米と妥協するだけの知恵があるかどうか問われているといえる。
ダルフール紛争問題は基本的には人道問題なのだが、ちょうど冷戦期のベトナムのようになりつつある。つまり代理戦争化しつつあるのである。もっとも直接的な武力支援でなく経済レベルだが。
まあ少なくとも政府やマスコミはダルフール紛争について知らしめるべきであろう。まるでオリンピックの話が絡むから隠している印象さえ持つ。唯一産経だけである扱っているのは。
人権にうるさい政党とか新聞は沈黙である。なんだこれ。
フジテレビ=パプア・ニューギニアAIDS問題
さっきフジテレビのサイトの「つか金フライデー」の佐々木恭子アナウンサー出演のPOD放送を聴いた。
今朝のテレビ放送で取材者が感情に飲み込まれてしまうことについて触れていたがそのPODでの発言で微妙なバランスがよくわかった。
AIDSの問題自体は非常に難しく単純な解決策はないようだ。その点はグローバル経済下では貧しい国の産業発展が、さらなる国内の貧困層の拡大を生むことはしばしば知られていることだからである。フジテレビの取材は目を向けたことにとりあえず価値があり、長期的な課題へとつながってくれればよいと思う。
テレビでは語らなかったが治安が悪いことが最大の問題のようである。だがどのように治安が悪いのかはわからないし、しばしば民放が外国の治安について言及したくないのはわかっていることなのでまあしょうがないかと思う。
TBSじゃ王政とマオイストが現に戦闘状態にあることをまったく隠してネパールの医療の貧困の番組を作ったくらいである。ネパールの事情はそれなりに事件があるとき海外ニュースで知られていたが、パプア・ニューギニアの治安はさすがにわからない。
まあそういう客観的事情は今回はよいのである。
今朝は佐々木アナウンサーが孤独な少年を置いて帰国するときの心情を隠さず出したわけだ。ぼくは過去の取材がずいぶんさっぱりしていたことの方が実は奇妙に思えていたのだ。客観的ドキュメントにするのだったらもっとタフな感じではいけないがどう見ても佐々木アナウンサーはタフっぽくない。じゃあ情に訴えかけるかというと、本当に悲惨なことに情を訴えかけるのはその悲惨さを何か別のドラマにすりかえてしまいかねない。このジレンマを佐々木アナウンサーが過去二回の取材で経験しており、しっかりしたスタンスを取ることができなかったことをPODで率直に話していてよかった。
実際、今日テレビだけ見ると涙のシーンは、他の海外滞在者の別れのシーンと同じじゃないかという批判は免れないかもしれないと佐々木アナウンサーもスタッフも考えたと思うが、佐々木アナウンサーが取材者の限界で語っていることを伝えたためはっきりとはわからなかったが不快な感じはしなかったのである(まあもともと佐々木アナウンサー好きだから身びいきかもしれないが)。
PODを聞いて3回取材をやってジャーナリストととしての立場が固まってきたという話を聞き、頼りなさげではあるが(声が)、突っ込むところは突っ込み泣くところは泣くでがんばってほしいと思ったのである。

キーウォーカーはデジタル探偵屋 : 午後の只野ニッキー
なんだかわからんが、2件ブログスフィア(キーウォーカー社のサービス)からのアクセスがあった。キーウォーカーと書くと
IPアドレス61.197.216.161
[IPネットワークアドレス] 61.197.216.160/28
[ネットワーク名] GS51012
[組織名] 株式会社きゃむネット
[Organization] Camnet,Inc
キーウォーカーに合併された会社である
ここからアクセスがある。
あらし行為ではないが、株式会社がそういうストーカー行為を行っているわけである。だってデジタル探偵会社だから当たり前だと思っているらしい。

まあそれだけである。
The Police - Don't Stand So Close To Me '86

The Police - Don't Stand So Close To Me '86
おまわり、86年の私にそんなに近づくな(うそ)
*コンピュータ翻訳にありがちなミスだよ
あたりまえだが
ポリス「高校教師86」

キーウォーカー社解析用に掲載してみました
ブログのぞきみ情報収集サービス 追加
ブログで職業、性別、配偶者の有無が分かる? キーウォーカーがリサーチサービス
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070528-00000034-zdn_b-sci
他人のふんどし相撲も取るにしてもこれはひどい。その会社に抗議のメールを出しました。
もしブロガーならキーウォーカー社に抗議のメールを出してほしい。
info@keywalker.co.jp
ブロガーの中には不用意にプライベートなことを書いている人も多いわけで、その情報だけをビジネスに利用するというのは、ブログの意義を破壊するものになりかねない。全員読者に書いているのであって、情報を盗み見する何者かのためにブログを書いているわけではない。
ブログサービス会社にも対策を相談するつもりだ。


29日追加
キーウォーカーの件でアクセス急上昇中だ。
ありがたいことにキーウォーカー社からもアクセスを頂戴した。
2007/05/29 10:11:44
IP 210.150.187.41
Hostname Unknown
Link source BookMark or URL-Direct
がアクセス解析記録だが
whoisサービス
http://www.cman.jp/network/support/ip.html
で調べるとIP 210.150.187.41は

[IPネットワークアドレス] 210.150.187.40/29
[ネットワーク名] KEYWALKER
[組織名] 株式会社キーウォーカー
[Organization] Keywalker,Inc.
[管理者連絡窓口] HM8768JP
[技術連絡担当者] HM8768JP

である。その他ホストネームを隠したアクセスがかなりある。
不正アクセスやスパムに対応するため一定以上の知識のあるブロガーはみんなこれくらいの対策はとっているのである。キーウォーカー社はこのように、自社のアクセスに関しても危機意識がない会社である。したがって、ブログ解析ソフトが生み出す問題についても危機意識が乏しいとしか思えない。
プライバシーを間接的に割り出しますよというのは、探偵かお前という感じである。少なくとも裏家業である。また場合によってはブログ文化全体に深刻な問題を引き起こし、WEBサービスの柱の一つである各社のブログサービスからユーザーが離反することをも引き起こしかねない。深刻に考えてほしい。
Bob Dylan & Joan Baez - Blowin' In The Wind (1976)

ボブ・ディラン&ジョン・バエズ「風に吹かれて」
1976年ローリング・サンダー・レヴュー

ご存知の曲のかなりの変奏。僕が18か19のときリアルタイムで聴いたのはこのバージョン。
夕方の只野ニッキー
やっぱり、ちょっと頭痛が残ってしまった。朝の4時にくしゃみ大会はやめてほしい。

ニュースに論評したがまとまっていないので削除してしまった。
1.バイオエネルギーが生む出す食料問題(産経新聞)
 バイオエネルギー向けとうもろこしが、メキシコの主食としてのとうもろこしを高騰させデモが起こったのは知られているが、アメリカで高騰したとうもろこしへの大豆からの転作で大豆が高騰し食用油、家畜飼料の高騰で食料全般への価格高騰の波及が懸念されるというニュース。
 その他にBプランについて書いたとき触れたが森林伐採などかえってCO2削減に逆行する現象も起こっており(アマゾンの森林が大豆栽培で開墾されるなど)、バイオエネルギーの見せた明るい未来はあっという間にたそがれてきたようだ。

2.残酷殺人問題(産経新聞シリーズ)
 水戸の母親殺人事件に関するシリーズものの第一回だが、ちょっと「最近の若い者」くさい書き振りである。つまり「最近の若い者」とは「ネット」のことであるが、どう読んでもネットが残酷犯罪を極端に助長していると書いているわけではない。おきまり2ちゃんねるの罵詈雑言が非難されているだけである。残酷殺人は異常的性的嗜好に関連しているのはかなり確からしい。しかしただの興味本位な残酷趣味とそれを混同するのは専門家なら否定するだろう。しかし取材は社会学者に対してのみ行われていて、まるで残酷殺人者が残酷趣味のヒーローのように書いているのである。これは事実に基づくべき報道の枠を外れている。ちょうどアメリカの「悪魔信仰」が犯罪趣味でしかなく「犯罪をできない犯罪者」集団に過ぎないように、ネットのアンチヒーロー趣味も大人がおそるに足るものとは考えられないというのが記事に対して僕が思うところである。事実が必要だ。ストーリーは要らないのである。
 まあネットの残酷趣味も「悪趣味のオタク」の別形態でしかない。
 なお犯罪は起こる。精神障害の場合もそうだが。
 しかしそれは地震とほとんど同じで起こる前には予測ができないが、起こってからやっと解明できるのであると考えてほしいのである。

 と産経新聞が続いたのは偶然である。
サドン・フィクション「スタンド・バイ・ミー」掲載しました
「ザ・ベスト・アルバム」にサドン・フィクション「スタンド・バイ・ミー」掲載しました。296文字作品!
http://mondayota.at.webry.info/

やっぱりちょっと意外な結末テクニック使いました。300文字クラスで意外な展開なしに小説らしくするのは相当難しい。
そういうわけで300時に限定する場合とそうでない場合と分けて考えるべきだな。1000字くらいなら、意外な展開を含まない、つまり映画の一場面だけ位のレベルの話がかけて面白い。
これは読まないでよろしい
第2版

ミニスカートの女子高校生がパンツの上にはいているものの名前である。調べても完全に統一された呼び名がない様なので誰かの検索のために書いておくだけである。

オーバーパンツ 一般的
下パンツ 一部の俗称

以下は丈による呼称かもしれない
ブルマ 体育用としては完全に廃れて残ったもので裾がない
一分丈スパッツ たぶん一番正式な名称で裾がある
ミニ丈スパッツ 一分丈と長さが違うかもしれない
ミニスカートの長さはかなりばらつきがあってスパッツの丈もそれに応じて変わるかもしれない。
これらの関連の記述は発見できなかった。統計も発見できなかった。

昨年の「みせぱん」のためにはかれるものは別で「オーバーショーツ」と呼ばれる。女子高生の制服とは関係ない。

しばしば可能な限り余計な下着はつけないというのが女子高校生流で、そのためオーバーパンツをあえてはかないのがこう言ってよければ「粋」なのである。
「いき」の構造 他二篇 「いき」の構造 他二篇
九鬼 周造 (1979/01)
岩波書店

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スカートの長さは地域差が大きく、東京が短く、大阪が長い(ひざ上1cm位らしい)。滋賀と栃木が一番短いという説がある。

しばしば学校が防犯上の理由等で規制を図っているらしいが強力に抵抗されるらしい。ダサい制服にすると入学者自体が減るという位力がある問題らしい。オーバーパンツを義務化している学校もあるらしい。

その格好は、女子高生の若さの謳歌、というテーマの女性の年代間の差異に基づくファッションなので、そのように強力なのであろう。しばしば冬でもものすごい薄着をするのもそのテーマによるものである。

男は無関心しか選択肢がない。彼女たちはまだひどくロマンチックなのだ。


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