Someday never comes
躁うつ病患者のプッツンブログ
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雨に濡れても(小説)
ライブハウスに急いでいると、急に強い風が吹き、太陽を雲がさえぎり、冷たい空気がまとわりついた。ひと筋の雨が降り出すと、その数を増し、歩道は白い歩道は鈍い灰色に次第に変わった。僕は先を急いだが、いよいよ雨の勢いは増した。雷が鳴り、雨はどんどん大粒になって行った。ぼくは諦めて、通りかかった地下鉄の出入り口で雨宿りすることにした。あめのしぶきがそれでもかかるようになった。少し階段を降り、トランペットのケースを開け、水がしみこんでいないか確かめた。大丈夫だった。
出リ口に戻り様子を伺おうとすると、激しい落雷の音とともに女の子が飛び込んできて僕にぶつかった。彼女は傘をさしていたにもかかわらず、濡れていないのは頭のてっぺんだけみたいだった。バッグやらなにやらたくさんの荷物を持って、お気の毒だ。
ごめんなさい、というと傘をたたみ、自分の状況を把握し、パンプスを片足脱いで、たまった水を出した。もう一足もそうした。彼女は両手で身体を抱いて言った。
「ねえ、ひどいと思わない。天気予報はお花見に最適とか言っていたのよ。誰か天気予報を最高裁に訴えたことあるのかしら?それにしても寒くない。こんなびしょびしょだからいけないのかしら」と言って、階段を駆け下りて行った。
僕はタバコを吸いながら、これは異常気象だと思った。異常気象はすべて地球温暖化の所為だとニュースは言っていた。もちろん地球温暖化については何も知らない。地球温暖化というのは何でも説明できてよい考えだと思った。たぶん教育の崩壊も地球温暖化の所為だろう。まあ神か悪魔に近いもののような気がした。
気がつくと、足元には彼女のものと思われるヴィトンの大き目のバッグが置き去りにされていた。雨のしぶきがかかるので、僕は手に持って保管してあげることにした。
雨は、殴りつけるような状態からスコールのような軽やかな調子に変わったが、だからといって何の展望も開けたわけではなかった。
彼女が戻ってきたので、バッグを渡した。
彼女は不審そうな目をして、バッグの中を調べ始めた。
「何もしてないよ。雨に濡れるから、もっていてあげたんだ。他人のバッグを持っているなんて変だとは思うけど、この場合最善の策だと思ったんだ」とぼくは、自分で問われもしないいい訳をした。
「親切ね」と冷たい雨のように彼女は言った。
「着替えたのかい」と僕はその言葉を無視して言った。
「さっき買ったばかりの服よ。素敵でしょう」と彼女はくるりと一回転して見せた。ニットのアンサンブルでトリコロールのラインが入っていた。
「君は素敵だし、君の服も素敵だし、どっちが素敵かよくわからないな」とまあ女の子なら文句は言わないようなストック・フレーズを言った。
「あなたいきなり女をくどく人なの?イタリア人か何かなの?」と彼女はまんざらでもない顔をしながら憮然として言った。
「くどいちゃいないよ。ただのシンプルな事実だけを言っただけさ」とまたストック・フレーズを使ってしまった。
彼女は僕の黒いケースを見て言った。
「何か演奏するの」と。
「トランペット」と僕はもっとシンプルに言った。
「へえ、じゃあ雨がやむまで何か吹いてよ」と彼女は言った。
「やだよ、こんな雨に濡れる場所でなんか」ともちろん断った。
「へえ、どうせ何とか音楽教室通っているだけでドとソとファとシの音が出ないんでしょう」と彼女は節を付けて言った。
「じゃあ、もう少し雨のしぶきのかからないところまで降りたら吹くよ」といいながらケースを開けた。
ぼくはそのクラリネットの曲を短く吹いた。
「上手じゃん」と彼女は晴れ渡った青空のような笑顔で言った。雨は少し小粒になっていた。
「これからライブハウスに行くんだ。時間に間に合わなくなっちゃうよな」と僕はトランペットをしまいながら言った。
「大丈夫よ。この雨なら誰もライブハウスなんか行かないわよ」とチェックメイトしたみたいに言った。
「なるほど、でもリハーサルがあるんだよ。まあしなくてもいいけど」僕は練習が嫌いだったので、ずっとこのこと油を売っているほうがいいような気がした。
出入り口に戻り確かめても雨はずっと尾を引いていた。これくらい長い拍手をもらえるようになりたかった。僕が演奏しても真夏の粉雪程度の拍手しかなかった。
タクシーが視覚に入った。僕は真夏の粉雪のためにタクシーに乗ろうと思った。運よく空きだった。タクシーを捕まえながら彼女に言った。
「君も乗りなよ」と。
ぼくは彼女を押し込み、行き先を告げた。リハーサルの時間はとうの昔に過ぎていた。ライブ・ハウスの前に到着すると適当に大きなお金を払って彼女を残してタクシーを降りた。
ライブ・ハウスの階段を駆け上がると、リハーサルの最中だった。みんなは演奏を中断した。リハーサルに飽きていたのだ。するとベーシストが言った。
「お前彼女連れてきたのかよ」と。
振り返ると彼女が立っていた。彼女は多少照れ笑いをしながらバンドのメンバーを見回し、大きなワインドアップ・モーションをつけながら僕に言った。
「ねえあんた大事なトランペット忘れてるよ」と。
僕の手には彼女のヴィトンのバッグがあり、彼女の手にはトランペットのケースがあった。
「私帰るからなんか演奏して。せっかく来たんだから」と子供のように彼女は言った。
ぼくは「雨に濡れても」を吹き始め、バンドがそれに従った。
結局彼女は、今日からジャズが好きになったが、僕を好きになったわけじゃないと言い、夜中まで飲んだ。
まあ真夏の粉雪みたいなものだ。
テーマ:
自作小説
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【2007/04/06 16:22】
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