Someday never comes
躁うつ病患者のプッツンブログ
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ザ・ラスト・ワルツ(小説)
 僕は、ベッドに横たわって壁の見続ける暮らしを続けていた。ラヂオは日本軍が各地で多大なる戦果を挙げ、連合軍を脅かしていると絶え間なくがなりたてていた。もちろんそんなことはないのはここでは常識だった。ここは傷病兵の病院で誰もが惨め極まる最前線から運よく帰還させられたものたちばかりだったからである。
 病院の将校は、僕らが愛国の精神に欠けるから満足な軍人としての勤めを果たせないのだと、巡回のたびに言い続けた。満足な食料も弾薬も援護もなしに愛国精神だけで戦争ができると言うのが、国民の常識と化していた。腹が減るのも愛国の精神で何とかできた。怪我はまあ本人の所為であるといわれてもしょうがないと言う部分はなくはない。けれど鉄砲玉が飛んでくるのをよける練習なんか誰もしていなかった。
 僕らは、鉄砲玉も食料も尽きて、白旗を掲げて、敵前に踊りだすことを最後のワルツと呼んだ。愛国精神に足が生えたような軍曹に気づかれずそれを決断することは非常に困難だった。日本軍の兵士は、大変勇敢で、あるいはものすごく臆病で仲間から離れることが出来なかったからである。死ぬのは仲間と一緒がよいとみんな考えていた。ぼくは、東北の貧乏な百姓の次男三男たちとともにこれ以上追い詰められるのは嫌だったので、最後のワルツを踊ることに決めた。夜明けを待った。足に巻いていた三角巾をはずして、すでに用意してあった木の枝にくっつけ、軍曹に気配を悟られぬよう、緩衝地帯である小川の川原へ飛び出し、敵に向かって白旗を振った。
 背後で自分の名前を呼ぶ声がし、背中に熱い衝撃を受け、倒れこんだ。ぼくは崩れ落ちながら、姉の顔を思い浮かべた。父も母もいなかった。記憶にない父や母は僕を迎えに来てくれるだろうかと思いながら気を失った。
 結局、別の小隊によって僕は助けられた。運よく部隊が移動中で、部隊の手で本土に傷病兵として帰還させられた。
 天皇の声をはじめて聞いた。ぼくは天皇が入ることについてさえ懐疑的だったので、それが一番驚いた。天皇は、大日本帝国憲法が作り出した御伽噺だと思っていた。何を言っているかよくわからなかったが、みんなでこそこそ話しているうちにそれが日本軍の敗戦を認める放送であることがわかった。
 病室にいたぼくらは、みんな立ち上がり、万歳した。みんな怪我が治っていない振りをしていただけで全員元気だった。もう怪我人のまねをする必要はなく、また前線に贈られる心配もなくなった。
 その騒ぎの声は、病院のそこらじゅうで起こって病院の建物を揺らした。将校や軍曹は、病室を駆け回り、お前ら非国民が、と怒鳴り散らした。
 ぼくらは男ばかりだったが両手をつないでワルツを踊った。看護婦さんも一緒なってワルツを踊った。輪を描いてワルツを踊った。
 バカモノ!と叫ぶ、将校を輪の中に入れてワルツを踊った。将校のけつを蹴りながら、将校の背中を蹴りながら、将校の頭を松葉杖でぶっ飛ばしながら、将校のズボンを下ろし、将校のシャツを剥ぎ取り、水をぶっかけながら。そいつは病院で一番重症の患者に変わった。血まみれの裸の男が何であるかはどうでもいいことになった。
 ぼくらは天皇陛下万歳と叫びながらワルツを踊った。
 
 戦争が終わると日本は無残なものだったが安堵の空気で包まれていた。ぼくは少しばかりかじっていた英語で進駐軍関係の業者にもぐりこむことが出来た。しばしば進駐軍の慰安施設へも出入りできた。
 アメリカの女に手を出すとひどい目にあったので、初めはおとなしくしていた。けれどだんだん顔なじみが増えて、相手をしてもらえるようになった。奴らは、こちらが武器を持っていなければやけにいいやつばかりだった。
 ボール・ルームは週末でごった返していた。みんな酔っ払い何かわめいていた。食い物も酒もふんだんにあった。ワルツが流れ僕はいつの間にか白人の女と踊っていた。白人の女のおっぱいはでかくものすごくどきどきした。そしてそれがワルツを踊った最後の機会となった。

 僕はもうすぐ死ぬだろう。四肢が意のままにならず、食事ものどをよく通らなくなって、寝ているのか起きているのかわからなくなっていた。ぼくはできるだけのことを、息子の嫁に書き取らせていた。何か言い足りないことはないかと思いながら、その話は聞きましたよと、何度も言われた。
 戦争が終わったときは、未来なんかなく、すべて捨て鉢だった。けれど妻ができ子供ができ孫ができ、まるで普通の人生を歩むことになるとは思っていなかった。僕の自由意思は戦争で破壊され、残骸として生きただけである。
 僕の子供たちや孫たちはゼロから生まれたといって過言でなかった。
 つけっぱなしのテレビでは、愛国心について若造が物知り顔でしゃべっているようだった。くだらない。
 なあ、もういいだろう。僕は眠るよ。静かにしてくれ。ほら天子がワルツを踊っているだろう?

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

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