| The Times They Are A' Changin - Bob Dylan 1964 |
ボブ・ディランの「自伝」読みました。 なんというか、誰でも知っていることは何も書いてなくて、その誰でも知っていることも、彼自身からは妙によそよそしく感じられるかのように書かれていた。彼は自分がフォークソングのアーチストとして確信を持っておりそれがいかなるものかは書いているが、デビュー後の大混乱については、完全に否定的なのだ。少なくとも中年になって引退を考えたことも書いているし、現在どのようにレコーディングしているかも書いている。彼は政治的なコミットメントがないことをはっきり書いていて、彼がそのシンボルである60年代の大騒動にはまったく触れていない。 この自伝は英語タイトルは「クロニクル1」なのであって、また書かれるのかもしれない。偉大な作家のように1だけ書いて、やめてしまうとなおさら偉大である。 締め切りに終われる小説家ではないのだ。 「ライク・ア・ローリング・ストーン」は自伝ではなくてグリール・マーカス(ロック史の名著「ミステリー・トレイン」の著者)による、その曲についてだけの恐るべき本だった。これから読む。
YouTubeの曲はデビュー直後のもので、「自伝」はその手前で終わっている。彼が「風に吹かれて」「激しい雨」「戦争の親玉」「時代は変わる」などのどう考えても政治的にコミットしたオリジナルを書くように考えが変わったのかは、「自伝」にはまったくかかれていない。
彼は、プロテストソングを書いたのではないというだろう。フォークソングの要素の中に時事ネタを扱い、民衆に訴える伝統があったのだと。彼はオリジナルを書いたというより、そういう伝統に自分と自分の時代の言葉を与えたのだと主張するだろう。
彼は、反体制にも、サブカルチャーにも、怒れる若者にも所属していないと考えたのは「自伝」を読む限り明らかだ。
そして1960年代のフォークソングというサークルが、お高くとまった、保守的な、しかし民衆を代弁するかのような矛盾したものだと気づく。そして民衆の音楽家がいつのまにか反体制のシンボルというものに祭り上げられたとき、ぶちぎれたのは明らかだ。
そして「ライク・ア・ローリング・ストーン」がリリースされることになるのである。
この曲が、民衆の歌であることは明らかで、お高くとまった連中が一文無しになってざまを見ろといっているのはまた明らかなのである。それが「ローリング・ストーン」の本来の意味である。だがしかし、明らかに一文無しになって民衆の中に入って「どんな気分だい」という暖かな響きもあるのである。
こうして、時代は変わるのである。
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