Someday never comes
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サハラでお茶を


妹と俺は
死ぬ前に願いがある
それはおかしく思うだろう
まるで俺達の心がかき乱されるみたいに
お願いだからなぜかなんて言うなよ
この広い大空の下で
俺たちは奇妙な強迫観念に囚われ
君は君の所有物で意味を求める

君と一緒にサハラでお茶を
君と一緒にサハラでお茶を

若い奴は
自分のニーズを満たすことで満足する
だから今の喜びのためダンスする
君には計りがたい喜びと共に
みんなは彼を今でも待っている
同じ場所で一年中
この広い大空の下
砂漠を越えて彼は羽ばたく

君と一緒にサハラでお茶を
君と一緒にサハラでお茶を

空は急に暗くなり
彼は二度と戻ってこないのだろうか
彼らは高い砂丘を登り
月に祈るだろう
けど彼は二度と戻らない
だから彼女たちは身を焦がす
土地を血眼になって探しながら
砂一杯のカップを持って

君と一緒にサハラでお茶を
君と一緒にサハラでお茶を

重荷


英語版Wikipediaを読んだらこのナザレはアメリカに実在する町でそこでの経験を下敷きにしたものだそうである。アンナ・リーはレボン・ヘルムの友人だそうだ。
ロビー・ロバートソンはこの歌は「聖人」であることの不可能性を歌ったのだと言っている。歌詞のシュールさはルイ・ブニュエルという映画監督の作品に影響されているそうだ。


僕は、死にそうな気分でナザレにたどり着いた
僕はすぐに眠れる場所が必要だった
ミスター、どこか泊まれる場所を教えてくれないかい
そいつは笑顔で握手し「ノー」としか言わなかった

重荷を下ろせよアニー、おろして自由になんだ
重荷を下ろせよアニー、そんで僕に背負わせてくれ

バッグを拾い、僕は度ッカ隠れる場所を探す
カルメンと悪魔が並んで歩いているのを見つけ
僕は言った。「ねえカルメン、ダウンタウンへ行こう」
「行くけど、友達もついて回るわよ」と彼女は言った

(Chorus)

ミス・モーゼのところに行く。君に言うべきことはない。
あいつは年老いたルークじゃないか。ルークは最後の審判を待っている
「やあルーク、マイ・フレンド、若いアンナ・リーはどうしてる」
「お願いだから、わが息子、ここに留まってアンナ・リーの仲間になってくれ」

(Chorus)

キチガイ・チェスターが追っかけてきて霧の中で僕を捕まえる
「俺の犬のジャックの面倒見てくれるなら、お前の棚を作ってやる」と彼は言う
僕は言う「ちょっと待ってくれチェスター、僕は穏健な人間なんだ」。
彼は言う「それはいいことだ、ぼうや、できるときに餌をやってくれないか」

(Chorus)

カノン砲を食らって、僕は退却せざるを得ない
僕のバッグは深く沈んでいく
そしてミス・ファニーのところ帰るときだと思う
ご存知の通り、彼女こそみんなによろしく言うように
僕をよこしたその人なんだ。

(Chorus)
How Long - The Eagles 1972


先月発売されたバージョンではなくて1972年にオリジナルメンバーで演奏されたライブだ。
"How Long"と"Rock"がダブルミーニングになっている。

ハートをなくした青い鳥みたいに
旅する孤独の列車
できるだけ遠くまで走る
もし太陽輝く
昔懐かしき日々に出会えないなら
俺はなにか立派にやってみせる

やあ、ひさしぶり
君、涙流しているの?
やあ、ひさしぶり
うたた寝しているのか

孤独の牢屋で暮らしてきた
太陽など見えない
外の自由の世界じゃ川が流れ
夜はまぶしいが
心には探偵が隠れている
それは同じ状況だってわかるだろう

やあひさしぶり
おや涙を流しているのかい
やあひさしぶり
うたた寝してろよ

みんないい気分だが
俺にはへたくそで馬鹿な歌が聞こえる
そこらの連中は皆だらしなく
俺は馬鹿の国に暮らしたいのさ
そこじゃ誰も俺の名前も知らない
けど君が得るものは君が選んだものとは全然違う

教えてよ、どれくらい長くどれくらい長く
君は泣いていたの?
どれくらい長くどれくらい長く
ロックして寝ぼけていたんだ

どれくらい長くどれくらい長く
泥の川は深く流れているんだ
やあ久しぶり
ロックしてお休みなさい
ロックしてぐっすり眠って
バイバイ、ベイビー、ロックして眠ってろ

髪の毛染めたんだよ、悪いか?
そういうこと。先週やるつもりだったがめんどくさいので延び延びになってしまった。

母親はテレビが好きである。母親が夏旅行していた間我が家にはテレビの音は極わずかしかならなかった。特に夜は全くつけられなかった。

もともとひとり暮らししていたときも全く見なかったのであって、テレビと言う装置はビデオを再生するためだけにあり、アンテナがつなげられていなかった。

そのため9.11の生中継を見なかったことは何度も書いたことだ。したがって僕には何のトラウマもない。

対テロ戦争なんて姿なき殺人者撲滅運動だよ。

馬鹿だろ。それはお前の影だ、と言えば気が利いているだろうか?

ところでそういうわけで今男子バレーをやっているのを母親が見ているのだが、さすがに見たくない。ものすごく弱いのに同じボリュームで男女をやっているのは異常である。

あれかいていないと思うけれど、クイーンの歌が入る車のCMの短いバージョン一言も日本語が入ってねえんだよ。欧米か!(と一応テレビは見ている)

ところでテレビ・ニュースでは最近賞味期限の問題が大きく取りざたされているが、テレビの賞味期限かなり過ぎてないか。吉本興業なんて、腐る寸前の柿が一番おいしいと言うような感じである。

はっきり書けば、いじめのある種の形態は、吉本興業とくに明石屋さんまと松本伸介が一般化したものである。教育上よくないなんてものではない。はっきり行ってやくざの親分がわしの行ったことがおもろうないんかボケ、と言っておいて笑うと何今頃わらっとるんじゃこのカスが、と言っているのと何が違うのかさっぱりわからない。

はやく店じまいして欲しい。
Take It Easy - The Eagles live in California 1974



ああ、俺は車を走らせる
重荷から逃れようとね
俺の脳裏には7人の女が思い浮かぶ
4人は俺をしばり
2人は俺を恍惚とさせ
1人は俺の友達だと言う
気にすることはないさ、気にすることは
タイヤを軋ませ騒音なんか立てるなよ
できる限り光を当てて
物分りのいい顔しないで
どこか独り立ちする場所を見つけるんだ
そんで気楽にやれよ

ああ、俺は今アリゾナのウィンスロー
の交差点に立っている
なんて眺めがいいんだ
ああ神様、きれいな女の子が俺を見つめるため
ピックアップトラックのスピードを落としてる
ねえちゃん遊ぼうぜ、まあねなんて言わないで
君の愛が俺を救ってくれるってわかってるんだ
負けもすれば勝ちもする
けど二度と同じ場所には戻らない
だからドアを開けて乗せてくれよ
気にしないで

ああ、重荷を下ろすために車を走らせる
心の中は厄介なことだらけ
俺をノックアウトするような恋人を探すが
なかなかお目にかかれない
気にすんなよ 気にすんなって
タイヤを軋ませてクレージーになるなよ
ねえちゃん遊ぼうぜ、まあねなんていわないで
君の愛が俺を救ってくれるって分ってるんだから

Already Gone - The Eagles


ああ、俺は誰かがよそで言っているのを聞いたんだ
やつらは君が俺を棚に押し込むってさ
だが言わせてくれ、俺は君に知らせがあるんだ
君はすぐそれが本当だとわかるだろう
そして君は一人でランチを食べなきゃいけないんだ
だって、俺はもう行っちまうんだ
俺はやる気満々さ
俺はこの勝利の歌を歌うんだ

君の手紙は俺を躊躇させ悩ませる
けど君はちゃんと判断しなきゃいけないと思うよ
君が空を見上げるとき、ベイビー、それを思い出せ
君は星は見るけど、光は見えない
その通り
だから俺はもう行っちまうんだ
俺はやる気満々さ
俺はこの勝利の歌を歌うんだ

俺を押さえつけるのは君じゃない
神様は君が俺を自由にしないって言っている
俺たちが鎖に繋がれて生きるってのはよくあること
そして俺たちは鍵を持っていることさえ忘れちまう
俺以外はね
だから俺はもう行っちまうんだ
俺はやる気満々さ
俺はこの勝利の歌を歌うんだ

Long Road out of Eden 仮訳詩
まだホテルカリホルニアの頃には夢は失われつつあったが、ベトナム戦争からは足を洗っていた。今やアメリカは夢は投資であり、しかもイラク戦争から抜け出られず、国民の2〜3割が聖書をそのまま信じているという計り知れない無教養の帝国である。なるほどイーグルスの新しいアルバムのできはいまいちだが、アメリカがこれ以上難しい文化を必要としないと言うだけの話かもしれない。どんな隠喩も虚しい。すべて投資と石油と合理的な戦争だけである。しょうがない昔の義理でロックは好きだが、今現在アメリカのポピュラーカルチャーに染まっている奴は、中東の砂漠でガス欠で死んだ方がましである。たぶんエデンの園からはアメリカよりもそこは遠くないはずである。

ロング・ロード・アウト・オブ・エデン イーグルス

ヤシの木陰の向こうに月が輝き
砂浜に影を投げかける
ほこりっぽいライフルを震える手にし
誰かが賛美歌第23番をつぶやく

誰かが生き延びようとし
アメリカからはるかかなたの
海の向こうで約束を手にし
眠りにつく

果てしない暗黒に瞬く沈黙の星
冷たい銀色の衛星、幽霊のキャラバンが通り過ぎ
銀河が広がり、新たな世界が生まれる
ピルグリムと浪費家が夜明けに向けて這い出す
だけどもうエデンからは程遠い場所

スポーツカーから音楽が炸裂する
晴れた明るい日に
古きよきアメリカの
州を越えて

石油クラブでランチを取り
うまい葉巻を吹かし、命を取り替える
奴は言う:「焼きビスケットの『もう一個』をくれ」
「ピーカン・パイの『もう一個』くれ」

点滅するフリーウェイ、携帯電話が鳴る
俺たちはユートピアへ行く、ロードマップにはすぐだと書いてある
古い秩序のキャプテンたちは手綱にしがみつく
内なる痛みだけがひどくなる痛みだと思わせながら
だがもはやエデンの園からはるか離れて

家に帰って、俺は確信する
道は明らかだ
けど不思議に思う:「俺はここで何をしてるんだ」
俺は明日をあてにはしない
おれは良いとか悪いとか言わない
けど今夜君を抱けば何かあげられるよ

アメリカのハイウェイをつむぎだす
ゴミと残骸と文化的クズとで
名前でふくらみ、プロパガンダを背負い
そして俺たちはぼんやり酔っ払い運転する

ダマスカスへの道を行く
マンダレイへの道を行く
アピアンの道でシーザーの幽霊と会う
奴は言う「一度味わったらこの不摂生はやめられない」
「だが帝国への道は血まみれで馬鹿げた浪費だ」

リンゴかじった跡を見ろよ、そりゃ権力の道具さ
だが世界中の知識はバカには何の役にも立たない
そしてエデンの園をはるか彼方で
にっぽんちゃちゃちゃ
フレッシュアイのブログのトップにメグちゃんとサオりんの件の記事が掲載されたため激しいアクセスに会いました。まったくふざはんぶんに書いたのに本当に申し訳なかったが、記事自体は非常に適切な見方です。全く始めてみる人でもわかる。ご本人達には失礼かもしれないが。そういうわけでその件でアクセスが集中したため僕も情が移ってしまった。
にっぽんちゃちゃちゃ、に関してはやれやれと思っていたが、けなげな乙女達の戦いはすがすがしいものである。
今日は自主的に見た。
やっぱり相当疲れていらっしゃるのではないだろうか?
ところでまた話はずれてしまうのであるが、コートの後ろの広告はLEDか何かを使っているのだろうか。合成という手が使われたこともあったと聞いたことがあるが、角度が変わっても広告の変化は見られたのでまさか、そのように角度を変えて合成をするのはコストが非常にかかってしまうと思った。
やはりLEDかもっと大きなランプでもいいのだが、それに画像を流していると言うのが正しいのではなかろうか?
すると野球の捕手に向かって左側の広告もLEDか?それとも機械的なものか?
まあどうでもいいが、サロンパスのひらめぺちゃぺちゃのCMは面白いと思った。
ああ、集中して試合を見てない証拠になってしまった。
にっぽんちゃちゃちゃ・・・

ぼくはバレーファンではない
ぼくは実は中学校のときバレー部に入っていた。実はというほどのこともない。何でバレー部には言ったかは定かではない。本当は小学校のときサッカーをやっていて日産の子供向けのレッスンにも行ったほど熱心だったのだが、地元の中学(板橋区加賀中学)にサッカー部がなく、同好会を作ろうとしたが、野球部の顧問に邪魔されてしょうがなく、小学校でバレーボールをやっていた友達に誘われてバレー部に入ったのだと思う。
ものすごくゆるい部活だったのでちんたらやっていたものである。しかし半年ほどで顧問が代わって、大会で勝つと言い出し、ほかの部活から背の高いの引っ張りこんで、全員丸坊主と言い出したため、頭を丸坊主にしたうえでこんなやり方についていけるかといって、顧問を罵倒して退部したのであった。
そのためバレーボールにはそれ以来いい気分を持っていない。なにがアタックナンバーワンだこの野郎!という感じである。
そういえば僕はサッカーが好きだったため、バレーボールのボールを蹴っ飛ばして遊んでいたら先輩にぶん殴られた記憶がある。まあそりゃそうだろうなと若気の至り恥じる。以上僕のスポーツ史のすべてである。
ああ大学のとき女の子とちゃらちゃらするためテニスとスキーはやったが・・・
なんで昔はあんなにみんなスキーに行ったのだろうか。夜行バスで朝ついて滑り出すと言うのは狂気の沙汰としか言いようがない。スキーと言って思い出すのは、当時流行っていたヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」がどこでも鳴り響いていたことだ。まあぼくはこけていたが。ある日、山の反対側の斜面に降りてから宿のあるほうに戻るのにものすごくくたびれて泣きたい気持ちになって、それ以来スキーは行っていない。なんで冬山行くんだよ?
ああ、そういえば登山はやっていたな。赤岳と白馬岳しか行っていないけど。一人で行ける自身のある山はそんなに多くはないのだ。山岳会とかうっとおしいのもやだし。やはり3000m級の山は一生に一度は登っておくべきだな。何ゆえ日本人が「山」に宗教性を感じたのかがはっきりわかる。
ちなみにそういう感覚とカリフォルニアのデスバレーの感覚は似ている。ああ、人間なんて所詮この星のよそ者って感じ。しかしそのように若い頃、ぼくは環境問題に非常に心を痛めていたのである。だって3000m級の山小屋にヘリコプターで物資運んだりゴミおろしたりしていると言うのは何ほどか矛盾だろう。そしてデスバレーに車飛ばしていけるのも何ほどか矛盾だろう。そういうわけである日自然を求めるのは自然を破壊することが条件であると言う結論に達し、二度と自然に近づくのやめた。
そういうわけで、ほとんど一切のスポーツはやめた。
またスポーツ観戦は必ずひいきを応援するか薀蓄をたれるかのいずれかなのでこれまたうんざりしてしまった。
スポーツがなくても何ら困ることはない。そういう意味でオリンピックにはすべて反対である。すべて馬鹿げている。勝手な規則作ってその限界で暇を限界まで潰す以外の何ものでもない。
ダルフール紛争問題で北京オリンピックボイコット騒ぎがあったがぼくはすべてのオリンピックをボイコットする立場なので何を今さらと相手にしなかっただけである。
昨日バレーボールを見たのは付き合いで見ただけである。
そのことをブログに書いたらたくさんアクセスを頂戴してしまった。まことに申し訳ない。
スポーツはやるのも見るのも関心がない。映画も関心がない。ほとんど何も関心がない。
そういう意味では基本的に「女のケツ」にしか関心がないのである。
しかし音楽に関心がある理由がよくわからない。たぶん「女のケツ」の所為だろう。最初の音楽的経験は演奏ではなく、中学の物理部で、巨大なスピーカーと高出力のアンプで、ブラウン管をオシレーターにしてレッドツェッペリンかけまくったら、やたら女子にもてるようになったのに味を占めたのだと思う。ものすごい美人の子も相手にしてくれた。まだその頃ははっきり女子にもてるとはいかなることかちゃんと理解していなかったことが悔やまれる。
本当は子供の頃、絵描きになりたかったが、レッドツェッペリンの件で完璧に忘れてしまったように思う。
栗原恵と木村沙織の見分け方
昨日初めて二人を見分けるのに成功した。
栗原恵の方がちょっと鼻とあごが丸いのである。
顔の形と髪形たと背の高さがほとんど同じなため最初同一人物だと思っていたくらいである。
髪の色もちょっと違うがどっちがどっちだかわからない。
背番号も1と12だがどっちがどっちだかわからない。とにかく多少顔の造作が丸っこい方が栗原恵である。

非常にどうでもいいことであったが、ずっとテレビでつけているので試合そっちのけでその点だけ観察していた。まあ昨日の第2セットはかなり面白かった。まけちゃったけど。

ところで野球のアジアシリーズはやめようよ。4年に一回とかでいいじゃん。もうストーブリーグ始まっているのにまだ野球やっているのは妙である。ウッズいないし。
福留は優勝にも貢献しないでFAで巨人行こうとするし。いままでに4番集めばかりする巨人の愚かさや、渡辺恒夫と、三途をいてまえ。

そう東洋大優勝だよね。と言っても誰も理解不能かもしれないが、神宮野球大会の早稲田対東洋大で斉藤祐貴?先発の試合に勝って優勝したね、と言えばわかるだろう。

ぼくが東洋大出身であるか単に意味があるに過ぎないが。まあ東洋大が優勝しても中日が優勝しても、より経済波及効果に欠けることは確実だろう。ざまを見ろ電通博報堂!

ところで昨日クローズアップ現代をこき下ろしたのはダルフール紛争を全く正面から取り扱わないNHKに抗議してである。
早い話クローズアップ現代が取り上げないと言うことは政治圧力がかかっているか、ダルフール紛争では視聴率が取れないと判断したかのいずれかである。いずれにしてもかなり不純である。したがってクローズアップ現代自体も耐用年数が着ているということが言いたかったのである。

クローズアップ現代が拡声するように、他愛のない意味のない問題は意味がないのである。解決できないことは解決できないのである。なんで解決しようとしているダルフール紛争あるいはそのたマイナーな話題を一切取り上げず仙台の土地の地価にメカニズムについて知らねばいけないのかは全く理解不能である。好きな方の番組であっただけに残念である。二度と見ない。
テレビに文句
書いたらきりがないが気になってしょうがないので書く。
1.テレビ朝日ロンドン工場火災事件テロ誤報事件の無視
 明らかに第二の9.11だと決めかかって報道していた。CNNの中継を同時に流していたがそっちはテロのテの字も言わず、原因はわからないと言っていたし、テレ朝はロンドン・シティーでも爆破があったかのように言っていたがCNNは明らかにロンド・シティー空港そばの工場で爆発があったと言っていた。それをテレ朝のキャスターはその場で聞き取れなかった。NOVAでも行け無教養キャスター。
 ちなみにすべての事件の背後に共通の何かが存在すると言うのは迷信である。できれば、ニーチェの本でも読んでこの世には本質などなく現象だけが存在することを肝に銘じて哲学して欲しい。
2.クローズアップ現代が激しくつまらない。
 最近はたった30分なのにくだらなくて見通すことができない。今日は、地価高騰が地方にも及んでそれが投資利益の厳しい選別によるものだと言うだけの話である。
 しかしそれがいったい国民のどんな部分にどんな影響があるのだ。別に銀座にブランドビルが建っても国民には何の影響もない。良くも悪くも影響がない。
 言いたいことはわかる海外投資ファンドの力が国内経済に影響を及ぼしているのだと強調したいことは。しかし、それが合理的であるかぎり別に経済雑誌でフムフム言っていればいいことだ。
 かりにそれが国民生活にものすごく利益をもたらすとかものすごく不利益をもたらすなら7時30分に放送すればいい。わからないのは海外ファンドが、原油高とサブプライムローンの資金のシフト先に宮城県の駅前の土地を選んでいるのかと言うことである。途中で切ってしまったからわからんがもしそうなら海外ファンドに踊らされるのは馬鹿げたことであるという結論が出るだろう。つまりアメリカで家を失った人の損失を回避するための金が宮城県に落ちると言うわけだ。それなら皮肉で面白い。
 かつてはもう少し気がきいたテーマの扱い方をしていたが最近は事大主義である。あきらかにゴールデンタイムの30分は無駄である。

以上。
その他テレビについて言うことはない。なにしろついでにしか見ないからである。

ちなみに陰惨な殺人事件が立て続けに起こっているのはテレビの所為である。どんな田舎のどんな殺人事件にでも一斉に中継を出すテレビ局の破廉恥さが殺人事件をカジュアルにしているのである。かりにテレビがなければ、そんな事件は地方紙の社会面の片隅に数行掲載されるだけの話である。
恥を知れあらゆる報道生中継。
New Morning
世界も自分も何ら変わっていないが今日は新たな一歩である。
まあいろいろな事情で直ちに客観的情勢が変わると言うことはありえないが、まず床屋に行って髪を染めるのが何より先決である。人は見た目が100%だそうなのでそうする。もちろん髪の毛が短い方が簡単に染まるので思い切り短くすれば良いのである。
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Bob Dylan (1989/07/19)
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復活
今日医者行った。
3ヶ月間よい体調を維持した。
風邪ひいて困っているのだが。まあそれはたいしたことではない。
明日から17年ぶりに復活する。まあ自分が復活すると宣言しても意味がないといえば意味はないのだが、それは8月から思っていたことなのでただそれを確認しただけの話だ。
1.床屋に行く
2.スーツを買う
3.あとはなるようになる
とにかく復活する。
すべてなかったことにする。時間が過ぎた、年取った、それだけだ。

復活 (上巻) (新潮文庫) 復活 (上巻) (新潮文庫)
木村 浩、トルストイ 他 (2000)
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「ロング・ロード・アウト・オブ・エデン」を買う
やっとイーグルスの「ロング・ロード・アウト・オブ・エデン」(Long Road Out of Eden - 輸入盤¥2,900.)購入しました。輸入盤でも歌詞付き。
日本版は確かアルバム収録されていない解散直前のクリスマスソングがボーナストラックで入っていたと思う。この手のボーナストラックには本当にしばしば腹立つので日本版は買わない。買うべきではない。
ジャケットはCDサイズと同じ紙ジャケである。

非常にマイナーの曲が多い。クラシックになるような曲はない感じがする。イーグルスみたいな曲は一部を除いてやらないように努めているみたいだ。ジョー・ウォルシュの曲は少ないけれど演奏はジョー・ウォルシュ・バンドみたいかもしれない。
コーラスが分厚いのは言うまでもないのだが、イーグルスというよりCNS&Yみたいに聞こえる。声が変わったのかボイシングを変えたのかよくわからない。たぶん両方だろう。

テレビでドン・ヘンリーが日本に行くと言っていたので、そのうち来るのであろう。来年の今頃かな?

Long Road Out of Eden Long Road Out of Eden
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ついでに「ハウ・ロング」ライブ映像

浮気がばれた場合
小沢一郎騒動は、単に浮気がばれて開き直ったら女房に怒られて、じゃあ分かれてやるとたんかをきって家を飛び出したものの行くあてもなく公園ぶらぶらしていたら、女房が探しに来てなだめられて帰ってきた旦那と何らかわらないところが通俗的過ぎて笑うしかなかった。
僕は浮気をする身の上にはないし、仮に浮気をする身の上だったとしてもする勇気はたぶんないと思うが、浮気はしたいものだ。
したがってそのレベルで小沢一郎を叱責する資格がない。

問題は男だからそのように解釈できるが女性はどう解釈するかである。男を下げたと言ういうが、この場合女の支持率を下げたと言うのが妥当だろう。有権者の半分は女性である。

まあもともと小沢一郎自身が女にもてるタイプではないだろうからそもそも影響がないかもしれない。

ぼくはそもそも選挙行かないのだから政治について本当は何も言う資格はない。若い子に言っておくが投票に行くと菊の紋の入った紅白饅頭もらえるよ。

ないない。
なんちゃって二大政党制
まあ分っていたことだが、民主党の政権交代がなんちゃって政権交代であることを証明してしまった。しかしその場合、対立があることは最低でも、官僚への牽制になるためよい。
ところが大連立は、ひどい。本当に小沢一郎に辞意を撤回するようもとめている民主党はひどい。政策とか何とか以前の政治の基本で失格なのがわからないのかな。
もういまさら民主党が衆院選で勝利する見込みは全くなくなったと思うべきだ。
有権者は一生懸命貢いできたら、ほかのリッチな女と大連立だったとばれたようなものである。
これからあらゆる男女を浮気を大連立と読んでもいいくらいである。
それくらい噴飯ものである。
民主党はそういう浮気だんなをうっちゃる気迫がなければ、大敗北以外ありえない。
自由主義と民主主義は同じではない。小沢一郎は自由主義者であって、民主主義者でない。自民党より民主的でない民主党というのを何をどう考えて言いのかわからない。対立軸がない二大政党制なんかやめちまえ。

信じられないな
あんた小沢一郎は何考えているの。
まるで発展途上国の発想だよ。
確かに日本がアメリカの強い影響下にあるのは事実だが、その介入(テロ特措法)に端を発する政治危機から、ほぼ一党独裁に走るなんて。どこぞの野蛮な国と同じ発想の国としか小沢一郎は日本を考えていない。
さっさと政界を去ってほしい。
民主国家の議員の資格もない。
したがって国際貢献を語る資格もない。
民主党は小沢一郎引退を迫るべきである。一切の政治的影響力を失わせるように努力すべきである。

よしphpローカルにインストールできた。
だから1からphpのコードを書くということはない。
本家のコードの日本語化を行うだけである。
一部は、なんか既存のphpプログラムを拝借して本家に組み込む。
ダルフール紛争はよほどのことがない限り悪くはならない。
よくなるのは1月からであろう。
2ヶ月間どっちつかず状況が続きニュースの量も少ない。
さっさとその間に日本版サイトを立ち上げる。

今日は「ダルフール・ナウ」というワーナーのドキュメンタリー映画が公開されたらしい。いったいそれを訳してどうすんだと言う気もしないでもないが、ゆっくり訳す。
ではでは
新記録
ははは、中日ファンでよかったあ。
ところで「ダルフール・ニュース」はついに2000番を突破し1000番台に突入した。昨日新記録を更新した。詳細は避ける。こっからは厳しいな。
引くに引けなくなってしまったが、相当翻訳のスピードが速くもなっているので別に更新は苦ではない。
ニュースは停滞している。おそらく最低1ヵ月は停滞し続けるだろうから、その間ウェブサイト構築にやっと励める。
なんとかphpで構築することを目指す。もうphpを習得するのは年齢的に最後の機会になるだろう。
睡眠は、少し起きてしまうが、その後ちゃんと眠れる。何とか落ち着いて欲しい。11月16日までは完全リハビリ期間である。
その後また考える。
中日日本一万歳
そういうわけで、パーフェクトリレーで格好良く日本一を決めてくれた。もう最近は正しい中日ファンではないが、すくなくとも大学卒業した後名古屋に就職するため試験受けに行ったくらいであった。何度も書くが味噌煮込みうどんさえなかったら名古屋で働いていただろう。



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