Someday never comes
躁うつ病患者のプッツンブログ
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NOVAつぶれた
僕は学生時代全く英語ができず、する気もなかった。兄弟が会社の都合でアメリカに永住することになって、2回訪問したのだが、1回目「はじめまして」というつもりで「ハウ・アー・ユー」と言ったり、1ドルのものを買うのに100ドル札をレジ出したりして大いに大いに反省して何とかしなくてはとまず車の免許を取り、つまりアメリカでは英語ははななせなくても生きていけるが車を運転できないと生きていけないと分ったため相したのだが、その次にNOVAに言って英会話を勉強したのであった。NOVAは今や知れ渡っているがチケットを消費できないくらいまとめうりして儲けていたわけだがぼくはちびちびとしか買わなかったので被害は受けなかった。それでも単価はたと比べると安かったし、禁止されているとことだったが英会話の教師を引っ張り出してカラオケに行って何時間も英語付けと言うのであっという間に上達した。NOVAなどの教師は貧乏で遊びに行く機会も限られているので結構喜んで遊ぶものである。しかし英語の歌は僕の方が年季が入っていたためうまかった。「ダルフール・ニュース」が存在するのはそのためである。中には前に書いたが、外交官になりたいとか、TOIECの点数を上げようとか言うまじめな若者も一杯いた。しかしまじめな生徒はそもそも猛烈な勢いでチケットを消費するため、そんなに損はしていないはずである。損したのは、英会話ができればいいなあ、というような不純な動機を持った凡人のはずである。まあある程度頭の固くなった普通の会社員とかそういうの。そもそも通うスピードが遅い上、頻繁に来ないとどだい英会話がうまくなるわけないのである。これはNOVAの所為ではない。NOVAが悪いのはそういう不用意に英会話を身につけようとする輩をかもにしたことである。
ところで英会話が役に立ったことがあるかと言うと、外タレ・ロックコンサートのMCのジョークがわかる程度である。道を聞かれてもあわてないくらいである。アメリカにその後行ったが、やはり別に特に英語を使用する場面はなかった。ああ、そういえば、日本からロサンゼルスに行く長い時間、隣に座った白人女性とずっとしゃべり続けたのを思い出した。その人はマジシャンで加山雄三邸でショーをしたあとラスベガスに行くと言う話だった。なんでそんなに長時間しゃべったのかわからないが、とにかくその会話が全人生の英会話の95.7%を占める。





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